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節供の有職造花
五節句(五節供)とは、人日(一月七日)・上巳(三月三日)・端午(五月五日)・七夕(七月七日)・重陽(九月九日)をいい、それぞれに公式な儀式での参内などがありました。有職造花の出番は、そうした儀式や公家文化上の慣習と共にあり、とりわけ端午と重陽はその代表的なものです。端午の節会の際に参内した者達は、宮中から薬玉を下賜されて来ましたが、持ち帰られた薬玉は鴨居などに掛けられ、重陽節(菊の節句)には、茱萸嚢(グミブクロ)と取り替えられる等、公家社会の生活とは切って切り離せないものがありました。
『復元 真の薬玉』
真の薬玉
中島来章という日本画家は、公家の習俗をモチーフとしても優れた作品を残していますが、端午の節句の題材として真の薬玉だけを描いたものがあり、新たに制作する真の薬玉は是非それを復元してみようと思いました。紅白の皐は、花びら一枚ずつ型抜きして鏝当てしたものを組み立てて仕立てます。どういう訳か少し中央から外れた位置に据える薬玉は三色。それぞれの色の七宝編みで包んであります。これほどスッキリと端正な美しさを持つ飾り物は、京都ですら屈指のものと思います。画像は本体のみです。
茱萸嚢(グミブクロ)
古代中国では、重陽節に呉茱萸の実の一枝を髪に挿し、高所に昇って邪気払いしました。その風習を模した有職造花ですが、本来“茱萸”とはあくまで呉茱萸(ゴシュユ)という、秋に小さな実をびっしりとつけるカワハジカミと呼ばれる植物のことで、このような春の茱萸のことではないのですが、既に江戸時代の書き付けには、それと知りながら装飾性重視で春の茱萸とする旨記されています。

『茱萸嚢本体図』(昭和初期雲上流作) 『茱萸嚢図』(昭和初期雲上流作)

茱萸袋

以前から、昭和初期に雲上流で作られた茱萸嚢に使われた平菊が、白と黄色の二色だけなのを不思議に思っていたのですが、小御所にある「菊の盛り」という襖絵も、一重八重にかかわらずその二色のみなのです。酒井抱一の重陽図に描かれた茱萸嚢にも黄色の菊だけですから、この茱萸嚢も恐らく何らかの伝統らしい二色の平菊だけで作りました。こうした大きな平菊は、特別に誂えた道具を使って形を整えています。

五節句の三宝飾り

人日は、根引き松に紅白の水引。上巳は、菱餅に桃花一枝。端午は、飾り粽。七夕は、梶の葉に五色糸。
重陽は、茱萸袋です。飾り物は最大でも長さ四寸足らずですので、桃花や飾り粽の皐は出来上がりの直径が僅かに8o程度ですが、弁鏝の先端を使えば通常のサイズでするのと同じように鏝当てが出来るものです。飾り五つと三宝五台の組み物として一箱に収めるのですが、そもそもは尺三寸(立像の額まで39cmというサイズ)という大きな五人官女の小道具なのです。三宝は京都の指物師村山伸一さんの仕事で、一辺が二寸四分、高さが一寸七分程ですが、こちらで白塗りの後に純金泥で遠山を描いたのです。
掛け蓬莱
陰陽道に則った五色の苧(お・麻)を紙包みして、若松に紅梅白梅と竹、そして福寿草をあしらった蓬莱飾りを施してあります。高級料亭の玄関や茶室に、新年やお祝い事などの際に飾ったりします。ふんだんに使った苧は見映えがありますが、本来は、強い生命力で木に巻き付く常緑種ゆえ、古代から生命の象徴として崇められた日陰の蔓(ヒカゲノカズラ)というツル植物を用いますので、あくまでその代用でしょう。植物の事で枯れてしまいますから、こうした工夫は装飾性をも叶えて効果的だったと思います。
人日(ジンジツ)行の薬玉
白塗りした桐の六角板に遠山を描き、その上に人日の節句を象徴して若松を植え付け、初挑戦だった南天を添えてみました。南天の葉は、濃い緑と枝の先端に付く紅葉のような葉の対比が美しいので、それを有職造花で再現したかったのです。南天の実は、桐のおが屑を糊で錬ったものを丸め、岩絵の具で彩色してあります。びっしりと実を付けずに、ところどころ実が落ちたり鳥についばまれたりといった風情にしたのです。南天と若松の組み合わせは澄んだ寒気を感じさせ、人日に相応しいように思います。
七夕花扇
優雅な例として、旧暦七月七日七夕の朝、毎年御所には、ススキ・女郎花・桔梗・撫子・菊・萩・蓮という七種類の初秋の草花を扇状にまとめた「七夕花扇」と呼ばれるものが近衛家から届けられる習わしがありました。送り状を持つ下女を先頭に、丈三尺三寸(約1m)のそれを下男一人が抱え持ち、もう一人が傘を掲げた三人の使者によって届けられましたが、御所では日中鴨居などに下げ飾り、小御所の池の水面に星が映る夕刻ともなれば、そこに浮かべて星に手向けたのです。
『花使いの図』
『七夕花扇図』(約70cm)
七夕花扇
住吉広定の描いた七夕花扇(奈良県立美術館蔵)を、紙包み共々出来るだけ図に忠実な復元を試みました。しかし絵空事のこと、一枚の紙からこんな紙包みが出来るはずもなく、図の通りにというのは無理なのです。七夕花扇は、花の種類や色が決まっているし、構成も単調で面白みに欠けるはずなのですが、作るのに億劫でないのが不思議です。ほんの少し花に隙間を与えてみたりすると、自然の息吹や違った趣が現れ始めます。尚、葉だけではススキと分からないため、数本の穂を加えました。

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